以下は、東京女子大学の数学教授だった根岸愛子先生が2013年に亡くなったときの追悼文である。

 

 私は、4年生のとき根岸先生のゼミ「抽象代数学」を選択することにした。ところが、このゼミを選んだのは40数人のクラスメートの中で、私一人だということが判明した。「大変だ!どうしよう。1対1のゼミなんて私にやっていけるだろうか」と悩んだ。 私がこのゼミを選んだ理由はいくつかある。まずは、抽象代数学という響きに魅力を感じたことである。そして、全盲である私にとっては、オペレーションズ・リサーチや数理統計学のように膨大なデータを扱うものより、抽象代数学のほうが向いているとも思った。そして、何よりも決め手となったのは根岸先生のお人柄だった。

 数学は紙とペンだけあればできる学問だ。いや、究極的にはそれすらも必要ない。そして、一切の主観を排除する。いわば、最も抽象的で冷徹な学問だと思う。その意味で、最も美しい光を放つ、純粋で繊細な学問でもあると思う。根岸先生は、まさにそんな雰囲気を感じさせる人だった。私には、先生のお姿そのものを見ることはできなかったが、その繊細で気品に溢れた話し方は、私にとって大きな魅力だった。それは、ひたすら真理を追求する人の姿に思えた。

 毎週の1対1のゼミは結構きつかった。病気にでもならない限り休むわけにはいかない。まあ、仮病を使うこともできたのだが、そういうことをした記憶はない。それは、やはり先生の数学に対する真摯な思い、そして、それを何とか伝えようとする情熱をヒシヒシと感じたからである。

 先生にとって、全盲の学生に教えるのは初めてのことだったから、内心ではさぞかし戸惑われたことだろう。しかし、そんな素振りをみせることもなく、板書のできない私が点字を読みながら口頭で行う証明を、辛抱強く聞いてくださった。パソコンの登場により、視覚障害者も自力で普通文字の読み書きができる現在とは違い、半世紀近くも前のことである。

 今でも、先生の知性と優しさに満ちたあの声が聞えてくる。