「30代の女性のお客様です。白杖をお持ちです。7号車です」。

「50代くらいの女性のお客様です。ベージュのコートをお召しです。5号車です」。

これらの言葉を、これまで何百回聞いてきたことだろう。駅員による、視覚障害者のための乗換サポートを受けるときに聞かれる言葉だ。これは、次の乗換駅に駅員が電話して、サポートを受ける人間を間違いなく拾ってもらうための伝言だ。20年くらい前から、私はこのサービスを利用している。

私は、この言葉を盗み聞きするのが好きだ。本人に聞こえないように、遠くで電話しているつもりかもしれないが、こちらには筒抜けなのだ。

20歳も若く言われたときはちょっと嬉しかったが、「30代の」と言った後、ちらっとこっちを振り返り、言葉が一瞬よどんだことにも気がついた。そして、ちゃんと拾ってもらえるか心配にもなった。たまにだが、すぐ横で電話する人もいて、そのデリカシーのなさに、ちょっぴり腹が立ったりもした。

このサービスを受けるには、最初に乗る駅で、目的の駅までの経路を伝えることになっている。例えば、「池袋で埼京線から有楽町線に乗換、飯田橋で東西線に乗り換え、大手町で降ります」という具合に。そうすると、それぞれの駅で、リレー式に乗換をサポートしてもらえるのだ。

「今日も新宿でいいんですよね」などと言われたこともある。私は気がつかなかったのだが、その人は10回近くも私のサポートをしたことがあるとのことで、私は常連だったのだ。

最近では女性の駅員も増え、歩きながら「素敵なスカーフですね」、「ありがとうございます」、「今年、流行しているみたいですね」などという会話が生まれたりもする。

ある駅での乗換案内の放送で、明らかに言語障害があると思える人のアナウンスがよく聞かれた。ある日、私のサポートをしてくれたのが、その人だった。電車に乗せてもらい「ありがとうございました」とお礼を言ったとき、「頑張ってくださいね」と心の中でつぶやいていた。

ありがたいサービスではあったが、たまにはトラブルもあった。

上り電車のはずが下り電車に乗せられてしまったり、連絡がうまく伝わっていなかったらしく、目的の駅で降りても駅員がいなかったり。

また、私がいねむりをして、目的の駅で降りなかったということもあった。待ってくれていた人は、さぞかし困ったことだろう。お詫びの電話をしようにも、今ではそれぞれの駅への電話はできず、かといってJRや私鉄のセンターに電話しても話しがややこしくなるだけなので諦めた。申し訳ないことをしたものだ。

本来のサービスから大幅に逸脱したことをお願いしたこともあった。「駅の近くにパン屋さんはありますか?」と言って、乗換サポートの駅員にお願いし、パン屋さんに連れていってもらってパンを買い、その後タクシーを拾ってもらったということもある。また、どうしても時間をつぶさなければならなくなったとき、駅近くの喫茶店まで連れていってもらったこともある。駅の近くのバス停やタクシー乗り場まで連れていってもらうことはしょっちゅうだ。だから、乗換サポートの駅員は、私にとって、言わば「つかのまのガイド・ヘルパー」のようなものなのだ。

駅近くのATMまで連れていってもらってお金を下ろした人とか、ポストまで連れていってもらって葉書を投函した人とか、その他、いろいろな「つわもの」たちの話も聞いている。

時間によっては、とんでもなく遅刻することもある。特にラッシュ時は要注意だ。乗る駅でも、降りる駅でも、駅員の手が足りず、なかなか連絡もつかず、30分以上待たされることもある。そんなときは、できるだけ早めに家を出ることにしている。特に、乗降客の多い駅の場合は気をつけるようにしている。「乗換サポートがうまくいかなかったので遅刻しました」という言い訳は、なるべくしたくないからだ。

 

つい最近になって、「50代の女性のお客様です。ブルーのブラウスで・・・」などという言葉はほとんど聞かれなくなった。なぜか、駅員室の奥のほうで電話するようになってしまったからだ。「30代くらいのお客様」、「40代くらいの」、「50代くらいの」と、常に若く言われるのを、お世辞とは知りつつ、まんざらでもなく思っていたので、それが聞けなくなったのは、ちょっと寂しくもある。

もしかしたら、本人に聞かれないのをいいことに、駅員室の奥で、「かなり年配の女性です」、「おばあさんです」、「ちょっとくたびれたコートを着ています」などと、本音で言いたいほうだいを言っているのかもしれない。まあ、そのほうが確実に拾ってもらえるという安心感があるので、良しとすることにしよう。

全国で、このような乗換サポートのサービスが始まったのは、いつごろだったのだろうか。

サービスが始まる前は、利用する駅の構造を、前もってできるだけ頭に入れ、あとは、近くにいる人に聞いたりして、なんとかかんとか一人で乗り換えていたものだ。

それが、今では、しょっちゅう使う経路では一人で乗り換えをするものの、あまり使わない経路では、この「乗換サポート」をお願いしている。

このサービスがあるからこそ、例え急な用事であっても、目的の駅まで一人で行けるし、それが普段の安心感にも繋がっている。実にありがたいサービスなのだ。

改めて感謝したいと思う。