小説『春琴抄』が、多くの人たちの間で、視覚障害者のことを知るためのガイドブックに成り下がっていると知ったら、谷崎潤一郎は草葉の陰で苦笑することだろう。

この小説は、盲目で気位の高い天才的な琴・三味線奏者である春琴に、丁稚の佐助が献身的に仕えるという物語で、そこには無類の耽美的な世界が繰り広げられている。それをそのまま現実世界に当てはめてしまったり、道徳論を持ち出したりする読者の何と多いことか。しかも、江戸から明治にかけての物語という設定であるにも拘わらず、現 代にも通用する普遍的な話だと思い込んでしまうのだ。おかげで、私たち視覚障害者はそんな読者への対策に手を焼く羽目になったのである。

この物語は、全くのフィクションであるにも関わらず、谷崎の巧みな筆によって、あたかも春琴と佐助が実在の人物であるかのように思い込ませてしまう。私も、まんまと騙された読者の一人である。谷崎自身が二人の墓にお参りしたことがあるとか、明治初年か慶応の頃に撮られた春琴の写真を見たとか、『鵙屋春琴伝』なる小冊子によって春琴のことを知るに至ったとか、その他、実話であるように思わせるためのお膳立てが満載なのだ。大阪某所の丘の上にあるという二人の墓とそれを取り囲む風景の描写などは実に精密で美しく、夕日に染まった古い墓石のたたずまいと、眼下の夕靄の底に広がる工業都市とのコントラストは、時の移ろいをしみじみと感じさせ、お見事と言うしかない。

「そんなまことしやかな書き方をするから視覚障害者への偏見が助長されるのだ」と言う人もいるが、それよりも、この小説の特異な世界に浸ることのできない真面目な読者のいることが問題なのだ。だが、谷崎にとっては、そんなことはどうでもよかったのだ。

耽美の世界へ読者を誘い込むことが彼の目的であり、そのためには墓や写真や春琴伝を登場させてリアリティーを出す必要があったのだ。

「あの小説を読んで、目の見えない人は感覚が鋭いから天才が多いんだということが分かりました」と言われても、視覚障害者に天才が多いという統計はどこにもないし、別にそうとも思えない。だから、「ほら、宮城道雄とかレイ・チャールズとかヘレン・ケラーとか」などと言われても困ってしまう。中には、ホメロスや鑑真など、その存在さえ朧げな人物まで持ち出す人もいる。

目の見えない人は気難しくて頑固だ、第六感というものを持っている、果ては、日常の食事や入浴にも介助が必要だ、などと多くの読者が、春琴を通してステレオタイプの視覚障害者像を造ってしまうのだ。春琴がそうだったからといって、「目の見えない人は人前で食事をしたがらないそうですね」と言う人が多いのは残念なことだ。よほどの事情があるならともかく、たいていの視覚障害者は、みんなと同じように、レストランへ行くのが大好きだからだ。視覚障害者の事情に通じているような口ぶりで話し始めたと思ったら、その出典が春琴抄だったりする。困ったことに、「職業柄、あの小説はいろいろ勉強になりましたよ」と言う眼科医も珍しくない。

佐助は、ひたすら春琴に仕え、それによって得られる陶酔の境地を求めた。春琴に邪険にされればされるほど、その献身ぶりは増していく。佐助にとって、春琴は、あくまでも気高く気位が高く高圧的でなければならず、彼女が、弱みを見せたり、軟化する素振りを示したりすることを嫌った。だから、彼女の理不尽な振る舞いや我儘な態度を諭すなどということはありえなかった。

にも拘わらず、道徳論を主張する読者も多い。「いくら佐助が春琴の身の回りの世話をすることに喜びを感じるといっても、本当の愛情があるなら、あんなに何もかもやってしまっては本人のためにならないことくらい分かりそうなものだ」、「春琴と同じ世界に入りたいからといって、佐助が自らの手で自分を失明させるのは身勝手だ。そんなことをしたら周りの人たちが佐助の世話までしなければならなくなり、迷惑をかけてしまうではないか」と憤る。またある人たちは「あんなに献身的に尽くしてくれる奇特な男性なんて、めったにいるもんじゃないわよ」と賞賛したりする。

実のところ、「ちょっと待ってよ、谷崎さん。それは書きすぎじゃないの」と言いたくなる箇所もある。「盲人というものは、しかじかの傾向があるから」とか、「盲人というものは、しかじかを好むから」とか、彼の独断であるにも関わらず、それらが一般的な事実であるかのような記述がされているからだ。これも、リアリティーを出すための手法なのだから仕方ない、と言ったら彼の肩を持ちすぎだろうか。正直なところ、「ちょっと迷惑してるんですよ、谷崎さん」というのも本音ではある。この小説を読み、山本富士子や山口百恵主演の映画を見て、感動したり批判したりする大勢の真面目な人たちの中で、私たちは生活しなくてはならないからだ。

仕方がない。谷崎の世界に入り込むことのできないそんな読者に対して、私たちは身をもって分かってもらうようにしていくしかない。

 

日本エッセイスト・クラブ会報に掲載