今年もまた、ツクツクボウシの季節がやってきた。

ツクツクボウシほど、人間に似た声を持つ蝉は他にいない。その声は、遠い日のあの悲しい場面を思い出させる。

それは、友人の幼い子供が病気で亡くなったときの葬儀での場面だった。出棺が始まると、その子の母親である友人の号泣が響き渡った。子供の名前を呼び続けるその声は、参列者全員、いや、その場の全てが凍りつくのではないかと思うほど悲痛なものだった。

棺とともに葬儀場を出ると、あちこちでツクツクボウシが鳴いていて、まるで一緒に号泣しているように聞こえた。そのとき以来、私にはツクツクボウシの声が、泣きじゃくる女性の声に聞こえるようになった。

その後、何と言って慰めても、彼女の悲嘆は深まるばかりだった。いずれ、時の流れが解決してくれるのを待つしかないと思った。だが、果たして、それまで持ちこたえることができるだろうか。悲しみの果てに、自らの命の糸を断ち切ってしまうのではないかとさえ思えた。

 

そんなとき、私はこんな俳句に出合った。

「よく眠る夢の枯野が青むまで」(金子兜太)。

何と深い安らぎに満ちた句だろう。私は、手紙の最後にこの句を書いて、彼女に送った。心の枯野が再び芽吹くまで、ひたすら待ってほしいとの願いを込めて。

これは、芭蕉の句「旅に病んで夢は枯野をかけめぐる」を意識して作ったのだろうけれど、元の句とは対照的で、どこまでも温かく慈愛に満ちている。スヤスヤと、幼子のような無心な寝息も聞こえてきそうだ。

 

芭蕉は、臨終が近づいてもなお、枯野を放浪したいという焦燥に駆られていた。だが、兜太は、芭蕉の枯野を何とかして青ませたかったのだろう。枯野をさまよう芭蕉の魂を成仏させるために。

そしてまた、こんな皮肉も込められているような気がする。「いくら枯淡の境地を愛するといっても、人生を終えるときくらいは、できるかぎり明るく穏やかな境地に身を置くべきだ」と。そんな思いが、見事なまでに対照的な句を生み出したのだ。

 

私の手紙が、どのくらい役立ったのか分からないが、どこまでも続く枯野しか見えなかった彼女も、薄皮が剥がれるように、生きる力を取り戻していった。

 

さっきから、ツクツクボウシの声が激しさを増している。どんなに叫んでも、去ろうとしている夏は、もう振り向いてはくれないのに。