ヒマワリやカンナやダリアやハイビスカスが終わり、これからは涼やかな秋の花々が咲き始める。

そんな中にあって、私が特に強烈な印象をもっているのが彼岸花だ。涼やかさとは無縁なこの花は、毎年ぴったり秋の彼岸の頃に咲く。真っ赤な色であること、開花期には葉っぱがなく枝もないので真っ直ぐに立つ姿が人間に似て異様であること、有毒植物であること、そして、何といっても彼岸を目指して咲く花であることから、曼珠沙華という別称の他に、しびとばな、ゆうれいばな、すてごばな、かみそりばななどという不吉な俗称まで与えられている。

私が小学生の頃、ピクニックの途中に咲いていた彼岸花を根っこごと持ち帰って、縁側の前に植えたことがあった。それを見つけた母は「そんな花を植えたら家が火事になる!」と言って、すごい剣幕で引き抜いて捨てた。それ以来、彼岸花は私にとって意味深な花になった。

それから長い年月が過ぎ、両親も亡くなり、実家も取り壊され、そこは長い間更地のままになっていた。その場所に新しい家が建つらしいと聞き、私たち兄弟は秋の彼岸の頃そこを訪ねてみた。何と、そこには数本の彼岸花が咲いていた。しかも、家族で囲んだちゃぶ台があった場所にである。私たちは思わず黙り込んでしまった。その彼岸花が、喜怒哀楽をともにしてきた家族のように思われたからかもしれない。

「今は更地食卓ありしその場所を囲みて揺るる彼岸花あり」(靖子)

北原白秋の詩に山田耕筰が作曲した「曼珠沙華」(ひがんばな)という名歌がある。歌もピアノ伴奏も、「シャリン、シャリン」という御詠歌の鈴を思わせるようなリズムを刻む。短調で書かれているが、一瞬だけ長調に転調したり、増二度と呼ばれる音程を使っていることで、悲しさと不気味さが際立つ。この詩の意味には諸説あるが、最も広まっているのは次のようなものだ。

子供を亡くした「ごんしゃん」(白秋の故郷である柳川の言葉で良家のお嬢さん)が彼岸花を摘みに毎日お墓にやってくる。真昼の日差しの中、血のように赤い彼岸花は、一つ摘むたびにまた一つ開く。いくら摘んでもまた開く。いくら摘んでも花の数は七つ。ちょうどあの子の年の数。いつまで摘んでも日は真昼のまま・・・。

他に、良家のお嬢さんではなく幼い女の子であるという説や、少年時代の白秋が恋心を抱いた7歳の女の子であるという説などがあるが、私も良家のお嬢さんであるという説のほうが好きだ。時間が止まってしまったような真昼、射るような秋の日差しの下で繰り広げられる、この美しくも異様な光景は、次の瞬間には脆くも消え去ってしまうような白昼夢なのだ。この歌は、子供を亡くした母の心情として生々しく悲劇的に歌うより、あくまでも白昼夢の中の非現実的な光景として歌うほうが私は好きだ。ごんしゃんは、もはや人間ではなく、彼岸花の化身となってしまったように思えるからだ。

彼岸花は、本当は薄暗がりの中で悲しみに耐えながらひっそりと咲いていたいのかもしれない。でも、容赦なく照りつける日差しに晒されて咲いているほうが美しさや痛々しさや怪しさが際立つ。さらに、彼岸花は数本あればいい。彼岸花の名所のように群生していたら、華やかさばかりが際立ってしまうからだ。その意味で、次の短歌は、私が思い描く彼岸花のあるべき姿を表しているように思う。

「曼珠沙華一(ひと)むら燃えて秋陽(あきび)つよしそこ過ぎてゐるしづかなる径(みち)」(木下利玄)