「50代くらいの女性のお客様です。白杖をお持ちです。2号車です」。「60代くらいの女性のお客様です。ベージュのコートをお召しです。5号車です」。これらは、駅員が視覚障害者のための乗換サポートをするときに聞かれる言葉だ。次の乗換駅に駅員が電話して、サポートを受ける人間を間違いなく拾ってもらうための伝言だ。
私は、20年以上前からこのサポートを利用している。そして、私はこの伝言を盗み聞きするのが好きだ。年齢や服装などをどう伝えるのかが楽しみなのだ。本人に聞こえないように離れたところで電話しているのかもしれないけれど、ほとんどの場合こちらには筒抜けなのだ。10歳以上も若く言われたときはちょっと嬉しかったけれど、その直後、ちらっとこっちを振り返り、言葉が一瞬よどんだことにも気がついた。そして、ちゃんと拾ってもらえるか心配にもなった。たまにだが、すぐ横で電話する人もいて、そのデリカシーのなさに、ちょっぴり腹が立ったりもした。
ところが、最近ではそんな伝言はほとんど聞かれなくなった。なぜか駅員室の奥のほうで電話するようになってしまったからだ。「50代くらいの」「60代前半くらいの」と若く言われるのを、お世辞とは知りつつ満更でもなく思っていたので、それが聞けなくなったのはちょっと残念でもある。もしかしたら、本人に聞かれないのをいいことに、駅員室の奥で「かなり年配の女性です」「おばあさんです」「ちょっとくたびれたコートを着ています」などと、本音で言いたいほうだいを言っているのかもしれない。まあ、そのほうが確実に拾ってもらえるのだが・・・。
このサービスを受けるには、最初にサポートを受ける駅で、目的の駅までの経路を伝えることになっている。そうすると、それぞれの駅でリレー式に乗換をサポートしてもらえるのだ。
「こんにちは。今日も飯田橋でいいんですよね」などと言われたこともある。私は気がつかなかったのだが、その人は十数回も私のサポートをしたことがあるとのことで、私は常連だったというわけだ。最近では女性の駅員も増え、歩きながら「素敵なスカーフですね」「今年、流行しているみたいですね」などという会話が生まれたりもする。しかし、この春からは、サポートを受けながら会話を交わすこともほとんどなくなった。お互いに、マスクを通して必要最低限のことを伝えるのが精一杯だからだ。
ありがたいサービスではあるが、たまにはトラブルもあった。上り電車のはずが下り電車に乗せられてしまったり、連絡がうまく伝わっていなかったのか目的の駅で降りても駅員がいなかったり・・・。また、私が居眠りをして目的の駅で降りなかったということもあった。待ってくれていた人は、さぞかし困ったことだろう。申し訳ないことをしたものだ。ラッシュ時には駅員の手が足りず、とんでもなく待たされて遅刻することもある。そんなときは、できるだけ早めに家を出ることにしている。「乗換サポートがうまくいかなかったので遅刻しました」という言い訳は、なるべくしたくないからだ。
全国でこのサービスが始まったのは、いつごろだったのだろうか。サービスが始まる前は、利用する駅の構造を前もってできるだけ頭に入れ、あとは近くにいる人に聞いたりして、なんとか一人で乗り換えていたものだ。だが今では、熟知している駅以外では、この「乗換サポート」をお願いしている。このサービスがあるからこそ、たとえ急な用事であっても目的の駅まで一人で行けるし、それが普段の安心感にもつながっている。実にありがたいサービスなのだ。改めて感謝したいと思う。
毎日新聞社発行 「点字毎日」(点字版 活字版)に掲載