何十年も前になるが、友人の葬儀に参列したときのことだった。葬儀場に入った瞬間、そこに流れているBGMに驚いた。「これでもか、これでもか」と悲しみをあおるその曲は、アメリカの作曲家であるサミュエル・バーバーの「弦楽のためのアダージョ」だった。
この曲の初演は1938年で、作曲者自身は「葬儀のために作った曲ではない」と不満を述べていたそうだが、ケネディ大統領の葬儀のときに流れたことで有名になり、アメリカ同時多発テロの追悼式などでも演奏された。やがて一般人の葬儀にまで広がり、日本では東日本大震災からの復興を祈って各地で演奏され、その知名度はますます上がった。
しかし、この曲は一般人の葬儀にはふさわしくないように思う。家族や友人を慰めるというより、ただただ深い悲しみへと引き込む。たとえ小さな音であっても、重低音の効いたスピーカーから、この曲が地をはうようにして葬儀場全体に流れると、故人を懐かしむ気持ちより、「ああ、いなくなってしまったのね」という喪失感ばかりが漂う。
この曲は、長調と短調の間を絶えず行ったり来たりする。だから、短調に変わる度に、その悲しみは増幅されていく。また、協和音から不協和音へ、不協和音から協和音へと変わる部分が多く、そのことが、この曲の悲劇性をさらに高めている。
亡くなったその友人は、いつも私たちを笑わせたり励ましたりするような人だった。だから、「その曲は、もうやめてくれ」という故人の声が、葬儀場の片隅から聞こえてきそうだった。
その葬儀のBGMを担当した人が言っていた。「チャイコフスキーの悲愴交響曲の第4楽章にしようかと迷ったんだけど」と。それを聞いて思った。「ああ、バーバーでよかった」と。
だが、人のことは言えない。私にも、こんな経験がある。やはり何十年か前のこと。亡くなった人をしのぶ会で、私はBGMを担当することになった。私自身、歌が好きだったこともあり、所々に声楽曲を入れた。それが不評だった。シューベルトの「子守歌」、メンデルスゾーンの「歌の翼に」、シューマンの「美しい五月に」、ブラームスの「子守歌」など、明るくて穏やかな曲を選んだつもりだったが、「肉声は生々しくて、しのぶ会にはふさわしくない。それにドイツ語なんて」と言われた。それもそうかと反省した。
葬儀でのBGMと言えば、忘れられない光景がある。17年前、義理の妹が58歳の若さで癌で亡くなった。その葬儀の間、最初から最後までBGMとして流れていたのは、彼女が大好きだった小田和正の爽やかな歌声だった。その歌声は参列者の涙を誘うことにはなったが、バーバーの「アダージョ」による重くて暗い涙とは明らかに違っていた。「これまで、ありがとう」、「みんな感謝しているよ」。そんな声が、あちこちから聞こえてくるような気がした。いよいよ出棺という時になって、彼女の娘の「いやだよー」という叫びが聞こえた。その声は、参列者全員の涙を誘ったが、すぐに小田の歌声の中に溶け込んでいった。そこには、参列者からの「明るく生きていこうね」という無言のエールがあった。
私にも遠からず訪れるであろう「そのとき」。BGMは何がいいだろうか。モーツァルトの「フルートとハープのための協奏曲」?まあ、それは「おまかせ」ということにしよう。
毎日新聞社発行「点字毎日」(活字版・点字版)に掲載